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明治から昭和初期にかけて国際貿易港として繁栄した港町「門司」
2026年10月16日 カテゴリー: 国内日記, 添乗員日記
先日とある団体さんと九州へ!
訪れた先は「門司港レトロ」。
日本の三大港のひとつだった「門司港」の歴史
明治から昭和初期にかけ栄華を誇った街、門司。近代日本を支えた港町として歴史に残っています。 明治22年に石炭などを扱う国の特別輸出港に指定された貿易港の門司は、その後、日清戦争、日露戦争の勃発と共に、栄えていきます。中国大陸が近いこともあり、軍需品や兵士たちを送り出す港となり、米、兵器、軍服などの品物を扱う商業が発展していきました。日本は第一次世界大戦に参戦し、門司は大戦景気に湧きました。その後、欧州航路の寄港地にもなり、大陸貿易も盛んで満州などへの貿易船や客船で賑わいました。この頃には、日本三大港(神戸、横浜、門司)の一つとして数えられ、重要な国際貿易の拠点なった歴史ある港町です。
そのような港町のある建物の1つが『旧大連航路上屋』。
「旧大連航路上屋」は、日本と中国を結ぶ大連航路(日満連絡船)の発着所として昭和4年に竣工された建物です。特に中国・大連行きの便が多く、大連航路上屋や大連航路待合室と呼ばれ、昭和4年の完成から第二次世界大戦の終戦で航路が断絶するまで日本の玄関口として重要な役割を果たしてきました。設計は国会議事堂や横浜税関などを手がけた著名な官庁建築家・大熊喜邦が担当し、幾何学模様を取り入れたアール・デコのデザインが特徴です。

福岡県北九州市にある歴史的な港街で、明治から大正にかけてのレトロな建築やグルメを楽しめます。
追伸
門司港で大事な情報
「門司港は、バナナの叩き売り発祥の地」
理由は、皆さん調べしてみて下さいね。
↓ヒントはこちらへ。
添乗員/谷口仁志
