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長野県にある、先の大戦の戦跡
2026年10月08日 カテゴリー: 国内日記, トピックス
先日、当社謝恩ツアーで「万座温泉」へ行ってきました。
2日目の午前は、「松代造山地下壕」へ
第二次世界大戦末期、軍部が極秘に大本営、政府機関等を松代に移すという計画の下、構築した地下壕です。

第二次世界大戦の末期、軍部が「本土決戦の最後の拠点」として、極秘のうちに、大本営、政府各省等を松代に移すという計画のもとに構築。昭和19年11月11日から翌20年8月15日までの9ヶ月、一日3交代の突貫工事をもって進められた。舞鶴山(まいづるやま)を中心として、皆神山(みなかみやま)、象山(ぞうざん)に碁盤の目のように掘り抜かれ、その延長は約10㎞ 余りに及ぶ地下壕で、当時の金額で一億円とも二億円ともいわれる巨費が投じられたそうです。また、労働者として多くの朝鮮や日本の人々が動員されました。現在は、平和な世界を後世に語り継ぐ上での貴重な戦争遺跡として一般公開されています。

見学範囲は限られていますが、壁に突き刺さったままの削岩機のドリル部分は、岩盤の硬さを物語る。ダイナマイトで爆破した岩の破片を運び出すトロッコの枕木跡も生々しく残っています。疎開先としてこの地が選ばれたのは、米軍が上陸する海岸線から遠く離れ、岩盤も強固で地下壕の建設地に適していると考えられています。長野県を指す「信州」が「神州」に通じることも買われたという所説もあるようです。軍は機密保持のため、地元住民らに「陸軍の倉庫」の建設工事と説明していました。地下壕には皇位の象徴として天皇に継承される「三種の神器」も置かれる計画で、「国体護持」を目的に急ピッチで建設が進められました。

歴史的背景を深く学んでいただくには、専門ガイドさんの見学がおすすめです。
添乗員/谷口
